世の中には、「自由度が高い」と言われるオープンワールドゲームがたくさんあります。
広大な世界を好きなように歩き回れて、どこへ行くのも自由。
ゲーム好きなら、一度は遊びたいジャンルですよね。
私も新しいオープンワールドゲームを見るたびに、「これは面白そう!」とワクワクします。
でも、ストーリーが盛り上がる前に、なぜか途中で飽きてしまう。
そんな経験、ありませんか?
私はよくあります(笑)
ある程度の情報だけが世界に散りばめられていて、「進め方は自由だよ」という雰囲気、最初はすごくワクワクします。
でも、次第に飽きてしまい、そのまま積みゲーになるパターンは少なくありません・・・。
例えば「Valheim」や「ポータルナイツ」といった、クラフト要素のある名作にも挑戦してきました。
ですが、やっぱり途中で力尽きて続かなかったという思い出があります。
さらに、超人気タイトルである『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』。これも、途中でリタイアしてしまいました……。
テレビゲーム総選挙で1位に輝いたのを見て、「そんなに面白いなら私もやりたい!」と思って始めたゲームでした。
ちなみにゼルダシリーズはこれが初プレイ。
「年齢を重ねて、ゲームをやりきる体力がなくなっのかも・・。」
なんて少し寂しい気持ちになったこともありました。
でも、あるゲームをプレイして気づいたんです。「自由度が高い=続かない」わけじゃないな、と。
続くゲームには、必ず「導線」があった
こんな私ですが、すべてのゲームが続かないわけではありません。
その理由を考えてみると、最後まで楽しめたゲームには共通して「導線」がありました。
ここで言う「導線」とは、「次に何をすべきか、迷わせずに示してくれる仕組み」のことです。
それは物語が引っ張ってくれることもあれば、作業そのものがシンプルで迷う余地がない、という形で現れることもあります。
たとえば、映画を観ているような最近の「ファイナルファンタジー」シリーズは、最後までやり切ることができます。
キャラクターや世界観に、自分の感情がのりやすいのと、もう一つポイントがあります。
「主人公が何者で、次に何をすべきか」を、物語自身がいつも示してくれます。
ストーリーの続きが気になるのはもちろん、多くの仲間が登場して、それぞれの会話や関係性を楽しみながら進めていく導線があります。
これって、「ストーリーという名の導線」に心地よく乗せてもらっている状態なんですよね。
一方で、「テラリア」や「スタデューバレー」はしっかりとした世界観やキャラ設定、重厚なストーリー要素が少ないにもかかわらず、これらのゲームはなぜか何時間でも飽きずに遊べてしまう!
厳密に言えば、「テラリア」や「スタデューバレー」は「サンドボックス系」とも言われますが、
世界観やストーリーにあまり頼らず、自分のペースで自由に進められるという点では、
オープンワールド系と言ってもいいと思います。
プレイが続かないオープンワールドと、自由度の感覚としては近いものがあるハズなのに、なぜなのでしょうか?
自分なりにその理由を深掘りしてみました。
そこで思ったことは、これらには「単純作業のリズム」という、ストーリーとは別の種類の続けやすさがありそうだと感じました。
もちろん、ボスを攻略するための装備集めなど、調べたり考えたりする場面もあります。
ただ、木を伐る、鉱石を掘る、畑を耕して水をやる……といった、目の前の一つ一つの動作そのものは驚くほどシンプルです。
この「単調な動作のリズムの心地よさ」が、私にとって続けやすさの理由になっていたんだと思います。
(人によっては同じ単調さが「物足りない」と感じることもあるかもしれませんが…。)
さらに、これらのゲームはグラフィックが2Dでデフォルメされているので、画面から入ってくる情報量がちょうどいい、というのもポイント。
綺麗な3Dグラフィックで「さあ、この広大な世界で何をする?」と放り出されるのではなく、
2Dの落ち着く画面で「この木は切れる!」と思える。この安心感が、私にとっては心地よいみたいです。
つまり、FFのようなRPGは「物語が示してくれる導線」。
テラリアのようなゲームは「タスクそのものが迷わせない、いわば単純作業の導線」。
形は違っても、どちらも「次に何をすべきか迷わない」という同じ役割を果たしていたんです。
これが、私の中で続けやすいゲームの正体でした。
自由と導線の神バランス!「ホグワーツ・レガシー」をクリアした理由
そんな「自由すぎる世界が苦手」な私が、珍しく大作オープンワールドでクリアしたゲームがあります。
それが「ホグワーツ・レガシー」です。
最初はいつものように「グラフィックが綺麗すぎ!ハリーポッターの世界おもしろそう!」と、軽い気持ちで始めました (笑)
もちろん、オープンワールドだということは知っていたので、「最後までプレイできるかは、正直分からん」と、心の片隅では思っていましたよ。
ところがこのゲーム、自由さと導線のバランスがとてもいいのです。
それに、グラフィックと世界観が良すぎます。
映画で観たあの魔法魔術学校の中を歩き回れる。
ただ校内やホグズミードの街を散歩しているだけでも、かなり満足感があります。
そして何より、やれることが山ほどある中で、「メインストーリーの導線」がいつもハッキリ見えているのが素晴らしいです。
「あちこち寄り道して、なんか疲れてきたな」と思ったら、メインクエストを進めればいい。
ストーリーが壮大なだけに、メインクエストという太いレールが親切に用意されているので、次に何をすべきかで迷うことがありません。
広大な世界を自由に歩き回る楽しさを味わいつつ、常に物語という道標がエスコートしてくれる安心感。
寄り道に疲れたら、いつでもメインのレールに戻ればいい。この絶妙な引き算の設計があったからこそ、私は最後までクリアすることができ、魔法の世界を満喫することができました。
……途中、かなり間が空いたのは内緒だけどね! (笑)
でも、期間が空いてもまたスッと戻ってこれるのが、このゲームのいいところなんですよ。
オープンワールドだから疲れる、自由度が高いからクリアできない。
そう思い込んでいましたが、本当はそうじゃなかった。
「ホグワーツ・レガシー」は、自由度が高いまま、ちゃんと導線も太く用意されていた。だからクリアできた。
そうゆうことだ!と思いました。
まとめ:私が苦手だったのは「自由」じゃなく「導線のなさ」だった
ここまで振り返ってみて思ったことは、私が苦手だったのは、オープンワールドそのものでも、
自由度の高さそのものでもない、ということ。
苦手だったのは「導線のなさ」。
つまり「さあ、なんでもしてどうぞ状態」に放り出されることだったんです。
「ホグワーツ・レガシー」や「王道RPG」が示してくれる「物語の導線」も、「テラリア」の雰囲気そのものが持つ迷う余地のない「単純作業からの導線」も、私にとっていかにゲームをするハードルを下げてくれていたか。
それは、過度な「決断」や「選択」を迫らず、心地よいレールに自動で乗せてくれるということです。
悪く言うと「一本道」と言われるかもしれませんが、私はそれも大好きですし、そう見せない「オープンワールド×王道ストーリー」みたいな、絶妙なバランスのゲームが好みです。
現実の仕事や日々の生活、人間関係の中で、私たちは常に何らかの選択や決断を迫られ、ちょっと疲れています。
だからこそ、ゲーム時間くらいは、あれこれと迷って脳を動かすのではなく、親切な導線に乗ってゆったり遊びたい。
ここまで書いてきたことは、あくまで私個人がゲームを通して感じてきたことであり、ジャンルの定義やゲームの遊び方の「正解」を語るものではありません。同じゲームでも、人によって感じる自由度や心地よさはまったく違うと思います。
もし、「オープンワールドゲームに疲れてしまった」「最近、自由度の高いゲームを積みがちだ」と感じている方がいたら、それは自由度が高すぎるせいではなく、もしかすると「決断疲れ」を起こしているサインかもしれません。
そんな時は、「また積みゲーが増えた」とガッカリしないで。
あえて大筋のストーリーという太いレールがあるゲームや、単調さが心地よい作業で遊べるゲームを選んでみてください。
その「適度な不自由さ(逃れられないレール)」が、あなたの心を新しくワクワクさせてくれるかもしれませんよ。
